日本人との会話の中で、「じゃあ、また今度ね」と言われて戸惑った経験がある人は少なくないでしょう。
言葉通りに受け取って「では、いつにしますか」と聞くと、相手が少し困ったような反応をすることがあります。そうした経験を重ねるうちに、「また今度ね」は必ずしも具体的な約束ではなく、その場を気持ちよく終えるための表現なのだと理解していく人もいます。
確かに、日本語にはこのような表現が少なくありません。相手との関係を円滑に保つために、あえて言葉を曖昧にすることもあります。
ただ、「また今度ね」という言葉をすべて社交辞令として受け流してしまうのも、少しもったいないように感じることがあります。
相手がどのような気持ちでその言葉を口にしたのかは、その場だけでは分からないこともあります。深い意味がない場合もあれば、本当に機会があれば会いたいと思っている場合もあるでしょう。
コミュニケーションは、相手の文化や習慣を理解することも大切ですが、自分自身の感じ方や伝え方を失わないことも同じくらい大切です。
日本のコミュニケーション文化に触れると、「空気を読むこと」が重視されているように感じるかもしれません。しかし、人との関係は決まったルールだけで成り立つものではありません。言葉をどう受け取るか、どう返すかによって、関係が少しずつ変わっていくこともあります。
もし相手の言葉を前向きに受け取りたいと思ったなら、「ぜひ機会があれば」と返したり、自分の都合を軽く伝えたりすることもできるでしょう。もちろん、それで話が具体的に進まないこともあります。しかし、そのやり取り自体が相手との距離を少し縮めることもあります。
相手の言葉を受け止めてみる
私自身、このことを考えさせられた経験があります。
以前、香港の知人との会話の中で、何気なく「香港に行きたい」と話したことがありました。すると、その知人はすぐに「じゃあ、いつ来る?」と具体的な日程の話を始めたのです。
私はもともと旅行があまり好きな方ではありませんでした。しかし、その言葉に背中を押される形で、実際に香港を訪れることになりました。
相手の言葉を社交辞令だと思って流していたら、その経験はなかったかもしれません。
もちろん、すべての言葉を額面通りに受け取ればよいという話ではありません。ただ、ときには相手の言葉を少し前向きに受け止めてみることで、新しいつながりや経験が生まれることもあります。
「また今度ね」という一言の背景には、日本語らしい曖昧さがあります。しかし、その曖昧さの中には、人と人との関係が広がる余地も残されているのかもしれません。

