敬語は、日本語母語話者なら自然に使えるものだと思われることがあります。
しかし、仕事で使う敬語は、生まれたときから身についているものではありません。子どものころから聞いている言い方はあっても、職場で使う表現や、改まった場面での言い方は、後から覚えていく部分が多くあります。
日本語母語話者であっても、最初から仕事の敬語を自然に使えるわけではありません。学校、アルバイト、職場、社会生活の中で、少しずつ覚えていきます。
敬語は、母語として自然に身についている言葉であると同時に、経験の中で後から身につけていく言葉でもあります。
敬語は、最初から使える言葉ではない
日本語母語話者でも、子どものころから仕事の敬語を使っているわけではありません。
たとえば、友だちや家族との会話では、仕事で使うような敬語はあまり必要ありません。学校生活の中で丁寧な言い方を覚えることはあっても、社外の人に依頼する、上司に報告する、取引先に謝るといった場面は、後から経験するものです。
そのため、母語話者であっても、社会に出てから敬語に戸惑うことがあります。
- この場合は、何と言えばよいのか
- 丁寧に言ったつもりだが、少し不自然ではないか
- 相手との距離に対して、言い方が軽すぎないか
こうした迷いは、敬語が単なる言葉の形ではなく、場面と結びついているから生まれます。
敬語は、知っているだけで使えるものではありません。どの場面で、誰に、何を伝えるのかによって、選ぶ表現が変わります。だからこそ、母語話者にとっても、敬語は後から身につけていく言葉だと言えます。
敬語に表れるのは、言葉の知識だけではない
敬語を考えるとき、まず思い浮かぶのは、尊敬語・謙譲語・丁寧語の形かもしれません。
- 「行く」を「伺う」と言う
- 「見る」を「拝見する」と言う
- 「言う」を「申し上げる」と言う
こうした形を知ることは必要です。ただし、敬語が使えるということは、言い換えの形を知っていることだけではありません。
大切なのは、社会的な場面に応じて言葉を選ぶ力です。
- 相手との関係は近いのか、遠いのか
- 今は雑談なのか、報告なのか、依頼なのか
- 相手に負担をかける内容なのか
- はっきり伝える必要があるのか、少し表現を調整する必要があるのか
こうしたことを考えながら、言葉を選んでいきます。
敬語には、その人がどのような言葉の使い方を経験してきたかも表れます。難しい言葉をたくさん知っているという意味ではありません。場面を見て、相手に合わせて、必要な言い方を選べるかどうかということです。
その意味で、敬語は知識だけではなく、経験と判断を伴う言葉です。
母語話者でも、敬語に迷うことがある
日本語母語話者でも、敬語を十分に使い慣れていない人はいます。仕事の経験が少ない場合や、改まった場面に慣れていない場合、言い方に迷うことは自然にあります。
また、敬語をよく使う人でも、いつも迷わず話しているわけではありません。
- 相手がかなり目上の人である場合
- 初めて連絡する相手である場合
- 断りにくい内容を伝える場合
- 謝罪や訂正が必要な場合
こうした場面では、母語話者でも一度考えます。口に出す前に言い方を選んだり、メールを書いたあとで読み返したりします。言いながら、少し表現を直すこともあります。
これは、敬語が不完全な言葉だからではありません。敬語が、相手との関係や場面の変化に合わせて使う言葉だからです。
決まった形を覚えれば、どの場面にもそのまま使えるわけではありません。丁寧すぎて距離ができることもあります。反対に、くだけすぎて軽く聞こえることもあります。
敬語を使うときには、正しい形だけでなく、その場に合っているかどうかも考える必要があります。
敬語を学ぶことは、場面を読むことでもある
敬語は、日本語母語話者にとっても後から身につけるものです。
だからこそ、敬語を学ぶことは、単に言葉の形を覚えることだけではありません。場面を理解し、相手との関係を見て、どの言い方が合うのかを考えることでもあります。
母語話者でも、敬語を使いながら覚えていきます。仕事の中で指摘を受けたり、周囲の言い方を聞いたり、自分の言葉を言い直したりしながら、少しずつ調整していきます。
敬語は、最初から自然に使える人だけのものではありません。経験を通して身につけ、場面に合わせて選んでいく言葉です。
仕事の日本語を考えるとき、この視点は大切です。
敬語を「知っているかどうか」だけで見ると、正解と不正解に意識が向きやすくなります。けれども、敬語を「経験と判断を伴う言葉」として見ると、少し違った見え方になります。
大切なのは、完璧に言えることだけではありません。
相手との関係を見て、場面を考え、必要に応じて言葉を選び直すこと。
その積み重ねの中で、敬語は少しずつ使える言葉になっていきます。

